らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「散華」太宰治



この作品は、太宰治が、二十代半ばで若くして亡くなった、2人の友人の死に様について語った作品です。


冒頭で、「「玉砕」はあまりに美しい言葉で、
私の下手な小説の題などには、もったいない気がして来て、
題を散華(さんげ)と改めた」などと述べていますが、
それが死んだ2人の友人にふさわしい言葉だと思ったのか、
自分の小説の題名に世間の手垢のついた言葉を嫌ったのか、
真意はわかりませんけれども、
確かに「玉砕」よりも「散華」の方がこの作品の内容に合っているような気がします。

語感的に、玉砕は多分に「人為的」なのに対して、
散華は「自然に」「ひとりでに」というイメージであるといえるでしょうか。


まず作中の最初の三井君という友人について、
彼は、太宰治の家によく小説を持ち込みに来た青年でしたが、
あまり小説の出来がよいとはいえなかったようです。

もともと肺を患っており、あるきっかけで太宰の家に来なくなり、数ヶ月で亡くなりました。

その臨終の様子は、病気で寝ながら、
枕頭で針仕事をしている母を相手に静かに世間話をしていたところ、
ふと口をつぐんだと思ったら、それきり息を引き取ったというものでした。

太宰治は彼の臨終の様子について、
これ以上に無い美しい比喩を用いて讃えています。

曰わく
「うらうらと晴れて、まったく少しも風の無い春の日に、
それでも、桜の花が花自身の重さに堪えかねるのか、
おのずから、ざっとこぼれるように散って、小さい花吹雪を現出させる事がある。

机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、
深夜、くだけるように、ばらりと落ち散る事がある。

風のせいではない。
おのずから散るのである」


最後の一瞬まで生を静かに全うした若い友人に対して、
太宰治はあらゆる讃辞を惜しみません。


確かに三井君の死に様は、太宰の言う通り、
生を全うしたものと自分も感じます。

自然に存在するあらゆるものの中で、人間だけがなかなか成し得ないこと。
生きたい生きたい、死にたい死にたいと騒ぐことなく、
静かに生を受け入れ、そして静かに死を受け入れる。

桜が生を全うして自ら散る姿は、悲しくありながら、
なぜか美しく穏やかでもあります。


もう1人の友人、三田君については、
黙って人の話を聞いているような物静かな性格で、
その風貌も地味で哲学者然としていた青年でした。

やはり小説がなかなか上手く書けなくて、詩作に転向しましたが、
太宰曰わく、
それほどの傑作とも思えなかった。決して下品な詩ではなかった。
いやしい匂いは、少しも無かった。けれども私には、不満だった。

しかし、その評価は、彼が戦地から太宰に送った最期の手紙で一変します。

「御元気ですか。

遠い空から御伺いします。

無事、任地に着きました。

大いなる文学のために、死んで下さい。

自分も死にます、
この戦争のために。」


彼はその後、アッツ島にて戦死します。
いわゆるアッツ島玉砕。二千数百人の守備隊のうち生き残った者わずか二十数人。

この手紙の文面は、何かの意義のために、
心底人生の覚悟を決めた者の潔さ、
残された者に自分のやり残した使命を託す真摯さ。
そこからは語弊を怖れずに言えば、清々しさ、爽やかさすら感じるものです。

彼も形こそ違えど、三田君同様、
生を全うし、死を全うすることを決意して、その言葉通り命を散らしてゆきました。


太宰はこの2人の死に様を目の当たりにして、気分が高揚しているというか、
言葉は悪いですが、はしゃいでいるようにも感じます。
まるで自分がカッコいいと思うヒーローに、
無邪気に感動するかのように。


死に方と死に様。
死に様とは、死に際しての心の有り様であり、
死に様とは生き様そのものでもあります。
ですから形としての死に方は真似できても、
死に様は、望んだからといってすぐその通り叶うものではありません。
やはり死に様は、今までの生き様が顕れてしまうもの。

太宰治はこの数年後、この世を去ります。
彼は、自分が賞賛した若くして亡くなった二人の友人のごとき、
死に様を迎えることができたのでしょうか。
果たして…
 


 
青空文庫「散華」