らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「結核症」斉藤茂吉

斎藤茂吉といえば自分が思い浮かぶ歌は



のど赤き
玄鳥ふたつ
屋梁にゐて
足乳根の母は
死にたまふなり 


みちのくの
母のいのちを
一目見ん
一目みんとぞ
ただにいそげる



と郷里山形の母に対する想いを詠んだ短歌です。

しかし斎藤茂吉精神科医だとご存知でしたか?

この文章は、肺結核の病状が文学作品に及ぼす影響について精神科医として論じた文章です。

一般的に結核性の病に罹ると神経が研ぎ澄まされ、健康な人の目に見えないところも見えて来るようになり、
更に末期になると病に平気になり呑気になるものの、依然として鋭い神経を持つ傾向にあるそうです。

ですから肺結核患者は、健康な人が平気でやつていることに強い厭味を感じたり、
細かいあらが見えたりすることがあるそうで、
その例として正岡子規が、若い頃は傾倒していた幸田露伴の作品に対して
イヤミというか細かい指摘をしたことを挙げています。

そして子規の末期の作品が感慨が露わでなく、わりかし呑気で沈痛の響に乏しいのは、
俳人としての稽古によるものでなく、末期の肺結核特有の症状から来たものと結論づけています。

また子規の墓誌も、彼の遺志で「日本新聞社員タリ月給四十円」と簡明な履歴で記されていることについても
同じ理由によるものとしています。

この墓碑の文言おもしろいですね。
自分的には正岡子規らしいユーモアの表れと見受けたのですが、
これも含め正岡子規の作品が総じて末期の肺結核患者特有の精神状態に支配された
結果のものとする結論はどうなんでしょう。

精神医学に関しては完全に門外漢ゆえ偉そうなことは言えませんが、
そうなんですかねえと自分はちょっと?な印象です。

当時ドイツで主流を為していた演繹法的思考に少々とらわれているような気もします。

明治期、日本の医学はドイツ医学の考え方を主流にしていました。
北里柴三郎森鴎外など一流の医学エリートは総じてドイツ留学していました。
斎藤茂吉もそうです。
ちなみに野口英世は帝大卒のエリートではなく、
当時二流といわれたアメリカに、辛うじて渡ることができたに過ぎません。

ちなみに、演繹法とは一般的普遍的な前提からより個別的特殊的な結論を得る推論方法をいいます。

演繹法は得てして一般的前提を維持するために、個別的結論を一般的前提に無理にはめ込んで
論理性を維持しようとする危険もあり、
この場合も肺結核の作家の作品の特徴を、やや強引に肺結核患者の精神的特質に求めようとしている
きらいがあるような気がします。

しかしながら、肺結核により起こる精神的特質がその作品に影響を及ぼしていた可能性があるという
精神科医ならではの指摘はなかなか面白いとは思います。

樋口一葉などは、肺結核で亡くなる最後の一年余りで主要な作品のほとんどを執筆しており、
「奇跡の14カ月」といわれていますが、
ひょっとしたら皮肉なことですが、末期の肺結核患者特有の研ぎ澄まされた精神状態が
奇跡ともいえる執筆を後押しした部分はあったのかもしれませんね。